東京・お台場のサントリーに、サントリーホールディングス 代表取締役会長兼、社長の佐治信忠氏を訪ねた建築家の安藤忠雄さん。先代社長・佐治敬三氏を通じて旧知の間柄のふたりが、日本人にとって今大切なのは「前を向くこと」だと語り合う。決断力、行動力、勇気、執念……日本の本当の強さが問われている。

安藤忠雄(以下・安藤) 佐治さんとはつい数日前も、宮沢りえさんが出演している舞台『下谷万年町物語』の劇場でご一緒しましたね。

佐治信忠(以下・佐治) そうでした。蜷川幸雄さんが演出した作品で、満席でしたが、客席は女性ばかりでした。日本は不況で元気がないと言われていますが、女性は元気です。

安藤 確かに、芝居へ行っても映画へ行っても歌舞伎へ行っても、会場にいるのは女性ばかりです。海外のいろいろな国で講演会をやっていますけれど、どこの国の人も日本人女性を大絶賛します。きれいで、元気で、長生きだって。先日もドバイへ行ったら、大阪のご婦人が3泊で来ていました。たった3泊ですよ! 元気だなあ、と思いましたね。

佐治 日本人女性の行動力はすごいですね。

安藤 最近気になっているのは、学生に元気がないことです。可能性にかけるという発想を持っていない気がします。

佐治 下ばっかり向いてる。

安藤 個人的には日本人は、すごくレベルの高い民族だと思っています。鎖国の状態から維新を経て、わずか数十年で、日本を西洋の列強に匹敵する国へと発展させた明治時代の人たちなんて、世界一の人間力を持っていたといえます。明治はついこの前ですよ。その遺伝子は、私たちの血の中に間違いなくある。「下ばかり見ていないで、前を向け!」と言いたいですね。

佐治 理屈ばかり言っていないで「行動せい!」と言いたい。ごちゃごちゃ言っても世の中はよくはなりません。大切なのは、実行することですよ。

順風の時も逆風の時も、常に前を向くことの大切さを大きな声で語り合うふたり。先代社長・佐治敬三氏との思い出話に花が咲いた。
祖父や父が蒔いた種が今実っている
安藤 佐治さんにはいつも遊びに連れて行ってもらっているというか、食事を一緒にするばかりですけれど、こうしてサントリーという会社を訪ねると、「大経営者なんだ」と改めて認識します。それにしても、ハイボールのブーム、続いていますね。

佐治 まだまだこれからだと思っています。

安藤 サントリーは粘り強い。1960年代の「トリスを飲んでハワイへ行こう!」の頃からサントリーという会社に親しんでいますが、当時は男性は老いも若きもハイボールばかり飲んでいました。

佐治 あの頃は「トリハイ」といいました。トリスウイスキーをハイボールで売ろうとしたんです。祖父の代ですよ。つまり、ジイサンが種を蒔き、その実りを僕が収穫している。ビールでいえば、オヤジの代で始めて、ビール部門で日本初のモンドセレクション最高金賞を受賞した「ザ・プレミアム・モルツ」で大きく伸長することができている。長い道のりですよ。ビールを始めてしばらくは、どこのお店へ飲みに行っても、うちの製品は置いていなかった。だから、オヤジはキンキンに冷やしたサントリービールを店に持ちこんで飲む。さらに各テーブルを回って、他のお客さんにも飲んでいただく。

安藤 執念ですね。

佐治 ものすごい執念でしたよ。もちろん、執念だけではなかなか売れません。いいもの、お客様に本当に喜ばれる付加価値の高いものを作らなくちゃ売れないということを、若い頃の体験から学びました。それが、プレミアム・モルツにつながっているわけです。

安藤 やっぱり粘り強い。

佐治 ビールは事業を始めてから40年くらいうまくいかなかった。’80年代にウイスキーが売れていたのが、’90年代に落ち込み、利益が厳しい時期がありましたが、最近になってウイスキーもビールもよくなってきています。なんで調子がよくなってきたかというと、それは、しんどい時代に社員みんなで「しんどいなあ……」と落ち込まずに、「新しいサントリーを作るんだ!」という思いでやってきたからです。逆境の時も、ネガティブな風に耐えながら明るく振る舞ってきた。諦めない。へこたれない。そういう精神力がいかに大切かということだと思います。経営者はしつこく執着心を持って、決めたことは徹底的にやらないといけない。これはオヤジから教わったことです。

「おもろいやっちゃ」に力づけられてきた

安藤 私はお父さんの佐治敬三さんの時代からお付きあいさせていただいていますが、敬三さんにも、信忠さんにも共通するのは並はずれたバイタリティと、社会と人を見る目の確かさです。敬三さんに出会ったのは’70年代の大阪でしたが「お前、おもろいやっちゃな。ついてこい!」と言われて、いろんなところに連れていっていただいた。その代わり、いつもボロクソにも言われましたけれどね。

佐治 オヤジは安藤先生のようなバイタリティがあって、アイデアが豊富で、そしてどんどん前に進む人が大好きでした。そういう人に会うと、「おもろいやっちゃ」と言うんです。

安藤 「生まれてきたからには、楽しみながら前を向いて生きていくんや」とも、よくおっしゃっていました。当時の私は設計事務所を始めて間もない時期で、「これからどないしよう」という時ですよ。でも、「そんなのお前、何とかなるもんや」と言われる。元気に前を向いていれば道が開けていくことを教えられました。大阪中を連れ回されて。でも、一緒にいると、何とかなるような気がして実際、元気になりました。で、それまで小さな個人住宅しかやったことのない私に、巨大な美術館の設計を依頼してくださった。この人についていこう、と思ったものです。

佐治 まさに、サントリーのDNAでもある「やってみなはれ」の精神ですね。それにしても、今は夜の街が静かでいけない。銀座もずいぶん静かになりました。世界のどこへ行っても、発展している国は夜の街がにぎやかです。東日本大震災の影響もあると思いますが、このままでは世の中が閉塞していきます。家飲みもいいけれど、外に出て、ある意味無駄遣いをしなければ、なかなか明るくて豊かな世の中にはなりません。

安藤 東日本大震災については、サントリーは復興支援が迅速でした。驚くほど早かった。最初は義捐金3億円とミネラルウォーター100万本でしたね。

佐治 ビール類と清涼飲料水1缶につき1円を1年間積み立てると40億円になるので、これを被災地の産業の中心である漁業の再生と子供たちの支援に役立てていただくことにしました。そのうち漁業支援の20億円は先に送って、被害の大きかった船舶を造ってほしいと話しました。とにかく「はよ持って行け!」と。「こういう時にはスピードが大切だ!」と。

安藤 そう! 早いことに価値がある。役人は台帳作って、平等にとかやっているから、どんどん時間が過ぎていく。

佐治 緊急時ですから。少しくらいアバウトでもいいじゃないか、迅速さのほうが重要なんだ、とも言えますね。

安藤 菅直人内閣の時に、政府の東日本大震災復興構想会議のメンバーとして呼ばれて、「方針を早くきっちりと発表してほしい」と話したんですよ。「海岸から100mの土地を国有化する」「2050年に原子力をゼロにすることを決めて、そこから逆算して、2030年までに原子力と自然エネルギーを何%にして、今年は何%にする」。そういうことを直ちに決めてすぐにアナウンスしろと言った。そうしないと国民が不安だし、いきなり原発をゼロにしたら、エネルギー資源のないこの国からは企業がみんな出ていってしまうからです。すると「安藤さん、ここはそういう具体的なことを発表する会議ではありません」と言われる。それで8時間もえんえん会議するわけです。

佐治 政府は、“日本”という会社の経営者の立場ですから、社員全員の生活を守るために、しっかりとスピード感を持って決断を下してほしいと思います。

自分が作る商品を過小評価したらいけない

安藤 経営者がみんな佐治さんみたいに前を向いていれば、日本ももっと活気に溢れてくると思うんですが、企業も政治に対して疑心暗鬼になっていて、思いきった手を打てない。日本企業の多くが前向きな経営をすれば、世の中は速いスピードで変わっていく。

佐治 世の中はお金が動かないとダメなんですよ。キャッシュフローがないと企業が倒産するのと同じように、国もダメになる。そういった意味でも、政府は日本という会社の経営者といえるのではないかと思います。昨年の震災で、この国は今までに体験したことがないピンチを迎えたわけですけれど、私たちがやるべきなのは、今までの倍働いて、今までの倍元気になることだと思います。だから、うちではいつも「Growing For Good」と言っています。よりよい会社になり、よりよい社会の実現に貢献するために、もっと元気になって、売り上げを伸ばそう!と社員の尻を叩いています。もっともっと働いて、夜はワーッと飲みに行くぞ!と。たくさん働いて、そしてたくさん使う。みんなが街でお金を使うようになれば、景気もよくなってくると思います。

安藤 誰も彼もが、質素にしよう、倹約しようとするから、デフレスパイラルにはまってしまうわけですからね。

佐治 今、デフレだ、デフレだ、と言いながら、安売り競争が収まらないですよね。日本企業は世界の基準と比較すると、利益率が低すぎるんです。本当は15%はほしい。世界的には10%が最低基準と思われていますが、サントリーも10%に届かないんです。それでは、活気は出ないんですよ。発想を逆にして、商品をもっと高く売ろうとしなくてはいけない。そして世の中のキャッシュフローを豊かにしなければいけない。なんで、自分の商品をそんなに過小評価するんですか? 付加価値のあるものを作っているんじゃないですか?と聞きたい。

安藤 一時しのぎにすぎないですからね。

佐治 おっしゃるとおりです。売るほうも買うほうも、その時はいいかもしれません。でも、日本経済全体が落ち込んだら、結局あとで自分たちのところにツケが回ってくる。付加価値のあるいいものを作って売るという意思の一つがプレミアム・モルツでもあるわけですけれど、さらにいいものを作って、その分高い価格設定にして、たくさん売れば、税金もたくさん払えるようになります。

安藤 今は大変な円高で輸出は大打撃を受けていますが、それでもドル以外にマーケットを探して、どんどん展開していくようにできるといい。

佐治 その通りですよ。実際には難しいことが多いとは思いますけれど、やらないと未来はないわけですから。

安藤 「戦地」という言葉が適切かどうかはわかりませんが、日本を拠点にしながら、戦地拡大のように世界で広くビジネスを展開していくことは大切。世界を広くぐるっと見渡せば、景気のいい国も見つかるはず。そこに行ってビジネスを展開すればいいんです。そのためには、経営者は、勇気を持って迅速な決断をしてほしいですね。

Nobutada Saji
1945年兵庫県生まれ。慶應義塾大学卒業後、カリフォルニア大学ロサンジェルス校経営大学院を経て、ソニー商事に入社。’74年にサントリー入社。’82年取締役、’84年常務、’87年専務、’89年副社長。2001年より4代目社長に就任。’02年から会長兼務。’09年持ち株会社移行に伴い現職に。

*本記事の内容は12年3月1日取材のものに基づきます。価格、商品の有無などは時期により異なりますので予めご了承下さい

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