EVに関する合弁会社設立会見で、本田技研工業の三部敏宏社長(右)とがっちりとした握手を交わすソニーグループ・吉田憲一郎 会長兼社長 CEO(2022年3月撮影)。
ソニーグループ・吉田憲一郎 会長兼社長 CEOの単独インタビューをお届けする。
5月18日に開かれた2022年度経営方針説明会にて、吉田氏はソニーのこれからの投資領域として「モビリティー」と「メタバース」の2つを挙げた。
これらの未来にどう期待しているのか? そして、どのような戦略で臨むのかを聞いた。
※インタビューは6月初旬に実施した
「まずやってみる」発想から進むEV戦略
「当社としては“感動バリューチェーン”、感動を作ってユーザーに届けるまでの広がりを重視しています。その広がりこそが、『モビリティー』であり『メタバース』だと認識しています」
インタビューに応じた吉田社長は、2つの領域を挙げた理由をこう話した。
中でも、少し時間軸の長い取り組みとなるのが「モビリティー」だ。ソニーGは2025年に、本田技研工業とのジョイントベンチャーの形で、EV市場に参入すべく準備を進めている。「ビジネス規模についてはこれからのことでもあるのでなんとも言えない」(吉田社長)としつつも、「スマートフォン(モバイル)に続くメガトレンド」と話す。
「2年前に試作車の『VISION-S』を作ってみて、公道も走らせてみた上で、やはり我々だけでは難しい面もある、ということで、ホンダさんと協業することに決めました。先日ダボス会議(4月末)の後に、ホンダのオハイオ工場を見学させていただき、歴史と品質を改めて感じた次第です。当然ですが、モビリティーに関するノウハウの蓄積では圧倒的な差を感じますし、我々が学ぶところもたくさんあると思いました」(吉田社長)
一方で、もちろんソニーが貢献できる部分もある。
「CMOSセンサーを中心とした『セーフティ』、ネットワークを通じて、ハードウェアと対話をして認証し、サービスを提供する『アダプタビリティ』、セーフティとアダプタビリティを前提とした『エンターテイメント』で、我々は貢献できると考えています」(吉田社長)
そこには、ソニーの会社としての「DNA」も関係しているという。
「セーフティとエンターテイメントを無理に一体にする必要はないと思ってはいるんですよ。ただ、この会社のDNAとして『まずはやってみる』ことには意味がある。やってみて、知って、そこから導き出される領域には必ず意味があります。ですから、ホンダさんと『一緒にやってみる』ことは、今後極めて重要な意味を持ってきます」
もう1つの領域は「メタバース」だ。メタバースは定義が広い。
吉田社長は「メタバースは多様なものですし、私は多様でいい、と思っています。1つになるかというと疑問で、メタバース同士が将来、つながる方がいい」と言い切る。
こうしたネットサービスでは、プラットフォームになることが有利と言われる。ソニー自身、「PlayStation Network」という、非常に強いゲーム向けプラットフォームを持っている。だがメタバース、特にエンターテインメント領域では、プラットフォームそのものになることより、多様なプラットフォームに関わること、いわゆる「アライアンス重視」を選ぶ、と吉田社長は言う。
そこにあるのは、2年前に体験したことが大きく関係している。
「2年前、ゲーム『Fortnite』の中で行われたトラヴィス・スコットのライブは、私に『メタバースのパワー』を感じさせてくれました。まあ、“定義上”メタバースと言っていいのか、は別として、ですが。
あの時には、(ゲームとして)PlayStation Networkの中で大量の取引が行われていました。そして同時に、Spotifyでトラビスの再生数が激増したんです。
メタバースには、ゲーム・ライブ・eコマースと、色々なエンターテインメントを包含する可能性、パワーを秘めているな、と認識した次第です。もちろん、ビジネスモデル構築は簡単ではありません。けれど、ポテンシャルは非常に高く、やってみる価値はあります」(吉田社長)
ソニーはグループ内で、アニメやゲーム、音楽などのメタバースと相性のいいコンテンツが多数ある。
またテクノロジーの領域でも、「人間がバーチャル空間とインタラクションするための領域は発展途上」と話す。この領域で、ソニーは、距離センサーや視線追尾、「マイクロOLED」(マイクロ有機EL)と呼ばれる小型・高解像度ディスプレイなど多数の技術を持っており、市場拡大の可能性が高い。
ソニーが2021年12月に公開した「4KマイクロOLED」。こうしたVR機器向け高解像度ディスプレイは市場拡大の可能性が高い。
一方で、ソニーは個人向けの機器ビジネスだけでなく、クリエイターが使う専門機器ビジネスを重視している部分がある。例えば映画製作で使うカメラやディスプレイなど、「専門性の高い領域」はビジネスとしてより伸び代が大きい、と期待を寄せている。
メタバースを支える技術についても同様だ。
「クリエイターに近づき、サポートする製品を大事にすることが、この会社のDNAには合っていると思っています。ですからメタバースを作る領域についても参加できるでしょうし、メタバース内で色々なクリエイターが創造性を発揮できるような場を作り、サポートすることを、ぜひやっていきたい」(吉田社長)
コロナ禍での「物流不安」、半導体調達リスク解消は重要課題
ここ2年間、コロナ禍で多くの人々とソニー自身を苦しめたのが、半導体不足を中心とした「物流の不安」だ。
「この2年で、必要なものを二重に持つとか、サプライチェーンを見直すことを行ってきました。グローバル化の中で効率化を進めてきたのですが、やはり地政学を考えてリスクマネジメントを、より厚く考えなければいけないフェーズに入ってきたのかもしれません。2週間前のダボス会議では、そのことを改めて確認しました」(吉田社長)
吉田社長は、コロナ禍で成し遂げられた大きな成果として「PlayStation 5(PS5)を、生産の現地に人が向かうことなく、販売開始できたこと」と話す。あれだけ大きなプロジェクトを、移動が阻害された中で進めるのは困難を極めたという。
とはいえ、物流自身の不安は「これから解決に向かうのでは」(吉田社長)と前向きな見通しを語る。ただし、依然残るのは「半導体不足」の影響だ。
PS5は、半導体不足の影響を受け、品不足の影響を受け続けている製品でもある。カメラについては、今もAPS-Cサイズのセンサーを使った製品の供給が厳しく、ハイエンドの「αシリーズ」に注力する体制が続いている。
吉田社長は、「正直なところ、ロジック半導体の調達にこれほど苦労するとは思っていなかった」と心情を吐露する。
ソニーはCMOSイメージセンサーなどの生産に注力しており、それらと組み合わせて使う「ロジック半導体」は他社から調達する体制をとっていた。だが、この2年間に起きた半導体不足の影響を受け、ロジック半導体の調達に苦心するようになっていた。
「日本にロジック半導体製造のキャパシティが増えるのはポジティブなことであり、TSMCが生産を日本で展開するのは意味がある」(吉田社長)
これは、2021年11月に台湾・TSMCと合弁で設立した「Japan Advanced Semiconductor Manufacturing(JASM)」を指してのコメントだ。
ソニーはイメージセンサーの需要に強気の予測を立てている。自動車向け製品の売れ行き上昇に加え、高級スマホ向けセンサーの「大判化」「高級化」が進んでいるためだ。
「ダボス会議で、TikTokのトップと会いました。彼らのサービスのMAU(月間アクティブユーザー)は10億人を超え、そのうち半分以上のユーザーが動画をアップロードしているそうです。Instagramが写真をアップロードする動機を作ったように、TikTokが動画をアップロードする動機を作っています。
TikTokだけでなくYouTubeのショート動画も含め、動画の動きがスマホメーカーの『カメラの性能を上げよう』というモチベーションにつながっているのでしょう」(吉田社長)
結果としてソニーは、今後もスマホ向けセンサー事業に大きな投資を続ける。そこでの成長を維持するためにも、「半導体不足への対策」は必須のことだったのだ。